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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)331号 判決 1999年11月30日

原告

中部ベアリング株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

秋吉稔弘

弁理士

【B】

【C】

被告

トックベアリング株式会社

代表者代表取締役

【D】

訴訟代理人弁理士

【E】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  原告の求めた裁判

「特許庁が平成9年審判第10488号事件について平成10年9月9日にした審決を取り消す。」との判決。

第2  事案の概要

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「一方向ベアリング」とする特許第1942189号発明(昭和61年11月20日特許出願(特願昭61-277180号)、平成6年8月24日出願公告(特公平6-65900号)、平成7年6月23日設定登録。本件発明)の特許権者である。

原告は、平成9年6月26日、被告を被請求人として、本件発明について無効審判請求をし、平成9年審判第10488号事件として審理された結果、平成10年9月9日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同月28日原告に送達された。

2  本件発明の要旨(特許請求の範囲の記載)

中心部に位置する軸通孔2に回動可能に挿通される、軸10に接して回転可能に転子7を所定位置に保持する保持溝4を有する保持枠部3を軸通孔2の周囲に複数箇所設けた第1部分1と、軸10の回転方向により前記転子7と係合、解放可能な傾斜面14を保持溝4の外側に配置するために、前記保持枠部3に嵌合させる第2部分16と、前記係合方向へ各転子7を押すばね8を備え、前記転子7は軸方向に配置され、軸10に一定範囲にわたって接触するローラ型を有し、転子7の保持溝4は、第1部分1の一側に開口し、他側には閉じた端面28を有しており、この保持溝4の周方向に隣接したばね設置用溝部9に、前記ばね8がその基端で一体に成形され、該ばね8の彎曲部11より先の部分は転子7と軸方向へ所定範囲で接触し、転子7を附勢するように軸方向にのびており、第1部分1の他側に、軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔13を有する、ことを特徴とする一方向ベアリング。(別紙本件発明図面参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件発明の要旨は前項のとおりである。

(2)  原告(請求人)の主張の概要

原告は、本件発明は、審判甲第1号証(実公昭61-11541号公報)及び審判甲第2号証(特公昭56-7530号公報)記載の各発明に基づいて当業者が容易に推考することができたものであるから、特許法29条2頃の規定により特許を受けることができないものであり、したがって、その特許は、特許法123条1項2号の規定により無効とすべきものである旨主張している。

(3)  審判甲第1号証に記載された発明

審判甲第1号証には、次のような事項が記載されている。(別紙審判甲第1号証図面参照)

<1> 「円筒型外筒体1と、該外筒体1の開放端に嵌まる嵌合部材2と、外筒体1の内面に数箇所形成された突条3に適合する凹部4を周面に設けた中介環5と、中介環5の多角形内面6に適合する前記嵌合部材2と一体の多角形枠部7と、該多角形枠部7に所要の間隔を存して複数箇所形成された間隙8に各1個宛緩挿される複数個のローラ9と、各多角形枠部7の間隙8に面して設けられた切欠10に嵌まるローラ押ばね11とから成り、外筒体1と嵌合部材2とを係合手段12,13により固定した一方向ベアリング。」(実用新案登録請求の範囲)

<2> 「一方向ベアリングのケーシングを形成する円筒型外筒体1と、該外筒体1の開放端に嵌まる嵌合部材2は雌雄嵌合構造を有するように形成され、各中心に軸15の通孔la,2aを有し、かつ外端部外周に鍔状のフランジlb,2bを有する。外筒体1の内面には、そこに数箇所形成された突条3に適合する凹部4を周面に設けた中介環5が嵌合し、該中介環5はその内側に形成した多角形内面6と相補的外形を有するように前記嵌合部材2の内端に一体に突設された多角形枠部7と嵌合する。該多角形枠部7内には周方向に所要の間隔を存して、複数のローラ9を緩く挿入する間隙8と、多角形枠部7の間隙8に面した切欠10を設け、ローラ押ばね11を嵌める。したがって、嵌合部材2にローラ9等を組込むだけでベアリング機能を果たす。12は外筒体1の解放端フランジ部lbに突設した係合手段としての係止爪で、嵌合部材2の係止孔13に入り端面に係止し、嵌合部村2を固定する。この作用を円滑に行なうため、係止爪12は外筒体1に切込14,14′を施して弾力性を保有させてある。以上の構成において、軸15が第4図中時計方向に回転すると、中介環5に内袋したローラ9は相対的に右方向に移動する。そのため、中介環5の内面の傾斜した多角形内面6とローラ9を介して接触する軸15との間に間隙が生じ、中介環5は軸15に対してフリー状態となる。なお、これは外筒体1が第4図実線方向へ回り軸15が停止した場合と同じである。

又、反対に同図反時計方向に軸15が回転しようとすると、多角形内面6と軸15の間に、ばね11により予じめ押圧されたローラ9があり、中介環5と軸15はローラ9を介して接触しており、従ってローラ9の自転がなくなり中介環5と軸15との相対的な運動はなくなる。すなわち、外筒体1は同図中鎖線矢印の方向へ回転する。」(1頁2欄11行~2頁3欄19行)

<3> ローラ押ばね11の嵌合部材2に対する取付け構造及びローラ9を押圧する構造に関する上記記載事項<1>、<2>及び第3図ないし第5図の記載事項を参酌すると、審判甲第1号証には、“ローラ9が緩挿される間隙8は、嵌合部材2の一側に開口し、他側には閉じた端面を有しており、この間隙8の周方向に隣接した切欠10に、前記ローラ押ばね11がその多くの部分を嵌めて固定され、該口ーラ押ばね11の彎曲部より先の部分はローラ9と軸方向へ所定範囲で接触し、ローラ9を附勢するように軸方向にのびていること”が記載されていると認められる。

これらの記載事項からみて、審判甲第1号証には、「中心部に位置する軸通孔に回動可能に挿通される、軸15に接して回転可能にローラ9を所定位置に保持する間隙8を有する多角形枠部7を軸通孔の周囲に複数箇所に設けた嵌合部材2と、軸15の回転方向により前記ローラ9と係合、解放可能な傾斜面を形成する多角形内面6を間隙8の外側に配置するために、前記多角形枠部7に嵌合させる中介環5と、前記係合方向の各ローラ9を押すローラ押ばね11を備え、前記ローラ9は軸方向に配置され、軸15に一定範囲にわたって接触するローラ型を有し、ローラ9が緩挿される間隙8は、嵌合部材2の一側に開口し、他側には閉じた端面を有しており、この間隙8の周方向に隣接した切欠10に、前記ローラ押ばね11がその多くの部分を嵌めて固定され、該口ーラ押ばね11の彎曲部より先の部分は口ーラ9と軸方向へ所定範囲で接触し、ローラ9を附勢するように軸方向にのびている、一方向ベアリング。」といった発明が記載されていると認められる。

(4)  本件発明と審判甲第1号証に記載された発明の対比

本件発明と審判甲第1号証に記載された発明を対比すると、審判甲第1号証に記載された発明の、「軸15」、「ローラ9」、「間隙8」、「多角形枠部7」、「嵌合部材2」、「多角形内面6」、「中介環5」及び「ローラ押ばね11」は、それぞれ、本件発明の、「軸10」、「転子7」、「保持溝4」、「保持枠部3」、「第一部分1」、「傾斜面14」、「第2部分6」及び「ばね8」に相当するから、両者の一致点及び相違点は次のとおりである。

なお、この点については、原告と被告の間に争いはない。

<一致点>

中心部に位置する軸通孔に回動可能に挿通される、軸に接して回転可能に転子を所定位置に保持する保持溝を有する保持枠部を軸通孔の周囲に複数箇所に設けた第1部分と、軸の回転方向により前記転子と係合、解放可能な傾斜面を保持溝の外側に配置するために、前記保持枠部に嵌合させる第2部分と、前記係合方向へ各転子を押すばねを備え、前記転子は軸方向に配置され、軸に一定範囲にわたって接触するローラ型を有し、転子の保持溝は、第1部分の一側に開口し、他側には閉じた端面を有しており、この保持溝の周方向に隣接したばね設置用溝部に、前記ばねが位置し、該ばねの彎曲部より先の部分は転子と軸方向へ所定範囲で接触し、転子を附勢するように軸方向にのびている一方向ベアリング。

<相違点>

本件発明では、保持溝の周方向に隣接したばね設置用溝部に、ばねがその基端で一体に成形され、第1部分の他側に、軸方向に沿ったばねの成形型が抜ける型抜き孔を有しているのに対し、審判甲第1号証に記載された発明では、間隙(保持溝に相当)の周方向に隣接した切欠(ばね設置用溝部に対応)に、ローラ押ばね(ばねに相当)がその多くの部分を嵌めて固定されている点。

(5)  相違点の検討

次いで、この相違点について検討する。

原告は、審判甲第2号証に、「一方向にのみ回転力を伝達する回転伝達装置において、回転自在に支持した内輪と外輪とのいずれか一方に斜辺と弾性ばねとを一体に金型成形すること」が記載されていて、弾性ばねを他の部材と一体に金型成形することが開示されているから、これを審判甲第1号証に記載された発明のローラ押ばね(ばねに相当)の取付に採用すれば、この相違点で摘記した本件発明の構成になり、このようにすることが当業者にとって容易である旨主張している。

しかしながら、一体成形には、少なくとも分割スライド型を使う方法と雄雌二つの金型を使う方法の二種があり、この相違点で摘記した本件発明の構成であれば、仕上がり精度の高い雄雌二つの金型を使う方法を採用することができるものと認められ、一方、審判甲第2号証には、どのような金型を用いるのか記載されていないばかりか、雄雌二つの金型を用いるための「成形型が抜ける型抜き孔」についての記載も示唆もない。(判断1)

さらに、審判甲第2号証に記載されたものは、比較的剛性の高い内輪や外輪と弾性ばね(ばねに相当)を一体成形したものであって、比較的剛性の低い保持枠の保持溝とばねを一体成形した本件発明のものと異なる。(判断2)

してみれば、このような審判甲第2号証の記載をもって、当業者にとって審判甲第1号証に記載された発明の前記相違点で摘記した構成を本件発明の前記相違点で摘記した構成に容易に想到し得たものとする根拠とすることができない。

また、他に、当業者にとって審判甲第1号証に記載された発明の前記相違点で摘記した構成を本件発明の前記相違点で摘記した構成に容易に想到できたものとする合理的な主張も理由もない。

そして、本件発明は、前記相違点で摘記した構成により、「ばねを組込む面倒な工程が不要になると同時に、ベアリング自体が設計通りに仕上がり、組立て精度が飛躍的に高まるから、信頼性の優れた製品を供給することができる。」(特公平6-65900号公報3頁5欄13行~同頁6欄3行)といった顕著な効果を奏するものである。

したがって、前記原告の主張を採用することができず、前記相違点は格別なものと認められるので、本件発明は、審判甲第1号証及び審判甲第2号証に記載された発明に基づいて、当業者にとって容易に発明することができたものではないから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものではない。

(6)  審決のむすび

以上のとおりであるから、本件特許は、原告が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件特許を無効とすることはできない。

第3  原告主張の審決取消事由

審決は、本件発明と審判甲第2号証に記載の発明との間の相違点についての判断を誤って、本件発明の進歩性を認めたものであるから、取り消されるべきである。

1  取消事由1(判断1の誤り)

審決は、判断1において、「一体成形には、少なくとも分割スライド型を使う方法と雄雌二つの金型を使う方法の二種があり、この相違点で摘記した本件発明の構成であれば、仕上がり精度の高い雄雌二つの金型を使う方法を採用することができるものと認められ、一方、審判甲第2号証には、どのような金型を用いるのか記載されていないばかりか、雄雌二つの金型を用いるための「成形型が抜ける型抜き孔」についての記載も示唆もない。」としているが、誤りである。

(1)  審判甲第2号証に記載のものが「もの」の発明であって、「方法」の発明ではないから、どのような金型を用いるかの記載は全く不要なことである。そのことは、審判甲第2号証に記載の発明と同じく「もの」の発明である本件発明にあってもどのような金型を用いるかの記載がないことからも理解し得る。

審決は、本件発明がいかなる金型を用いるかについて記載がないのに、審決は、本件発明は「雄雌二つの金型を用いる」ということを恣意的に前提としているので、誤りである。

(2)  審決はまた、本件発明の「成形型が抜ける型抜き孔」につき、審判甲第2号証には記載も示唆もないと認定している。しかし、アンダーカット(製品を金型から取り出す際、金型の開閉方向に対してひっかかりとなるもの)にならないように「成形型が抜ける型抜き孔」を設けることは、極めてありふれた慣用技術であるから、記載がないとしても当業者であれば容易に推考することができたところである。

また、審判甲第2号証には、「尚、弾性ばね5a,5b,5c,5a′,5b′,5c′は金型加工のしやすい形状で、かつばね効果のある形状であればよく、又成形材料もばね性のある樹脂材料が望ましい。」(3欄27ないし30行。別紙審判甲第2号証図面参照)と記載されているように「金型加工しやすい形状」とは、正にアンダーカットにならない形状を意味するもので、そのためには金型としては型抜き孔を伴う金型をも含むのは当然である。

(3)  本件発明において「転子7に接するばね8が保持枠部3と一体に成形する」ためには、ばね8部分が金型の開閉方向に対して、ひっかかり、すなわち、アンダーカットとなると理解される。このようなアンダーカットたる部分をどのような金型を用いて離型させたのかは、「成型方法」という方法の発明ではなく、「一方向ベアリング」という「もの」の発明である本件発明にあっては、もとより何らの記載もないところから、スライドコアを用いたのか、割り型構造(スプリットモールド)を用いたのかは明らかでないが、保持枠部3から突出しているばね8を保持枠部3と一体に成型するためには、保持枠部3の底部からばね8の形状を構成する金型と一体となった、又は金型とは別に設けられた「金型部分」(スライドコア)がなければならず、離型に際しては、金型の開閉と同時に該「金型部分」も製品から外れる(離型)するようにすることはプラスチック成形加工上当然のことである。

そして、この「金型部分」が引き下がった跡は、成形品に「金型部分」と同寸同形の孔が残されることは、プラスチック成形の当然の結果である。これを、本件発明にあっては、「第1部分1の他側に、軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔13を有することを特徴とする一方向ベアリング」(特許請求の範囲)と記載し、あたかも「一方向ベアリング」において「型抜き孔」があることが特徴であるかの記載をしているが、上記したように「金型部分」が引き下がった跡にすぎず、換言すれば、アンダーカットがあるプラスチック成形において当然の結果として出来る「孔」であって特徴といえるものではない。

「型抜き孔」に技術的手段があるならば、型抜き孔の効果についても明らかにすべきなのに、明細書の効果の項(本件特許公報3頁)には型抜孔の効果の記載がないところからしても、「型抜き孔」が「技術的手段」あるいは「特徴」というに値しないものであることが明らかである。

(4)  本件発明は転子を押圧するスプリングが保持枠部と一体に構成されているのに対し、審判甲第1号証記載の考案は、別体に構成したものであることの相違があるにしても、転子を押圧するスプリングを保持枠部と一体に成形することは、審判甲第2号証に開示されている。

審判甲第2号証には、「軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔13」についての記載はないが、アンダーカットにならないように「成形型が抜ける型抜き孔」の技術は、プラスチック成形加工の技術として当業者が知悉している慣用技術である。そのことは、プラスチック成形加工入門(甲第7号証)、実開昭58-63782号公報(甲第8号証)、実開昭58-170212号公報(甲第9号証)、実開昭60-34913号公報(甲第10号証)等によって十分うかがい知れる。

(5)  本件発明の成形方法が被告主張のように雄雌二つの金型を使う方法であるとしても、彎曲部を有し軸方向に成形されているばね8を雄雌二つの金型から離型させるためには、成形品を金型の軸方向に沿って離型すればよいこととなり、その結果、特許請求の範囲に記載されている「第1部分1の他側に、軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔13」ができるのであり、できなければならない。

したがって、被告主張のように雄雌二つの金型を使う方法にあっても、本件発明のような成形品に、型抜き孔が出来ることは当然の結果であり、型抜き孔の存在が何ら特徴といえるものではない。

(6)  「ばね設置用溝部9に、ばね8がその基端で一体に成形され」ていることについては、審判甲第2号証に記載されており、しかもばねを基端で他の部材と一体に成形することは、本件発明と技術分野は異にするが、プラスチック成形品であって、弾性を有する部材がその基端において他の部材と一体に成形されているものは、実開昭61-71972号公報(甲第12号証)、実公昭59-36855号公報(甲第13号証)、実開昭61-71972号公報(甲第14号証)、実公昭58-41747号公報(甲第15号証)、実公昭60-15259号公報(甲第16号証)に記載されているように慣用技術である。

そして、本件発明の一方向ベアリングのようなプラスチック成形において、「雄雌二つの金型を採用すること」は、この種の樹脂成形において常套手段(プラスチック成形加工入門(甲第7号証)111頁)である。

(7)  以上のとおりであり、本件発明において、「ばね設置用溝部9にばね8がその基端で一体に成形され」た構成とするとともに、雄雌二つの金型を採用すべく、「ばね8の彎曲部11より先の部分は転子7と軸方向へ所定範囲で接触し、転子7を附勢するように軸方向にのび」た構成とすることは、当業者が容易に想到することができる程度のことである。

2  取消事由2(判断2の誤り)

審決は、「審判甲第2号証に記載されたものは、比較的剛性の高い内輪や外輪と弾性ばね(ばねに相当)を一体成形したものであって、比較的剛性の低い保持枠の保持溝とばねを一体成形した本件発明のものと異なる。」と認定している。

しかしながら、審判甲第2号証には、「比較的剛性の高い内輪や外輪と弾性ばね」という記載はなく、何故、比較的剛性が高いと認定したのか理解することができない。また、本件特許公報には、「ばね8の形状は図示の形に限らず偏平なS字形乃至Z字形も可能である。以上の如く構成される第1部分1は硬質合成樹脂を用いて成形する。」(4欄26ないし28行)という記載があるだけで、何故、比較的剛性が低いと認定したのか理解できない。

百科事典「ジャポニカ」(甲第11号証)の剛性の定義に従えば、「剛性」は、本件発明及び審判甲第2号証に開示されている発明と何らの必然的な関係がない。

したがって、剛性の高低についてした審決の認定は誤りである。

第4  審決取消事由に対する被告の反論

1  取消事由1について

(1)  本件発明においては、特許請求の範囲に記載されているように、「ばね設置用溝部9に、ばね8がその基端で一体に成形され」た構成を実現するとともに、雄雌二つの金型を使う方法を採用すべく、「ばね8の彎曲部11より先の部分は転子7と軸方向へ所定範囲で接触し、転子7を附勢するように軸方向にのび」た構成としたのである。

これから明らかなように、本件発明に係るベアリングの転子保持器においては、すべての構成部分が金型の軸方向への移動のみで成形が完了するように構成されているため、「製品を金型から取り出す際に、金型の開閉方向に対して、製品のひっかかりとなる部分、すなわち、アンダーカット」は存在しない。

したがって、本件発明に係る製品の成形型は、複雑で不利な点の多い「スライドコア構造」ではない。本件特許公報の第4図及び第5図を見れば、そこに示された構造に適した成形方法が雄雌二つの金型を使う方法であるということは、当業者であれば容易に理解し得ることである。

(2)  本件発明においては、雄雌二つの金型を使う方法を採用すべく、「ばね8の彎曲部11より先の部分は転子7と軸方向へ所定範囲で接触し、転子7を附勢するように軸方向にのび」た構成としたのであるが、それとともに、ばね8がその全長にわたってしなやかな弾性を有するように「第1部分1の他側に、軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔13を有する」構成としたのであり、この「型抜き孔」は本件発明における重要な構成要素である。

(3)  原告は、本件発明と審判甲第1号証記載の考案との相違点について、「転子を押圧するスプリングを保持枠部と一体に成型することは、…審判甲第2号証に開示されているところである。」と主張するが、審判甲第1号証には、内外輪のいずれか一方と一体成形された弾性ばねを開示しているものの、本件発明のように保持枠ないし保持溝と一体成形されたばねを開示するものではない。

(4)  原告は「成形品に爪、レバー等の突出部分がある場合にはアンダーカットにならないように成形品に型抜き孔を設けることは慣用技術であることは明らかである」と主張するが、そもそも「型抜き孔」はアンダーカット部を成形するために必要となる。「アンダーカットにならないように「成形型が抜ける型抜き孔」を設けることは、極めてありふれた慣用技術であるとする原告の主張は意味不明である。

本件発明は、単に「成形型が抜ける型抜き孔」を設けることを特徴とするものではない。一方向ベアリングにおいて、常時転子7に接触しつつこれを附勢する、軸方向に延びた極めて弾力性に富んだ幅1ミリほどの極めて細く小さなばねを一体成形するために「型抜き孔」が設けられているのである。

甲第7号証ないし甲第10号証には、本件発明のような精密な成形技術を必要としない、単純かつ比較的大ざっぱな成形技術ないしそれによる成形品が開示されている。しかも、常時附勢力を作用させる軸方向に延びた極めて弾力性に富んだ細く小さなばねの成形に関する開示は一つもない。この事実は、本件発明に示された精密成形技術が出願時の当業界の技術レベルを凌駕していたことの証である。

(5)  原告は、審判甲第2号証に「弾性ばね5a,…は金型加工のしやすい形状で、かつばね効果のある形状であればよく…」との記載(3欄27ないし30行)があることを根拠に、同証は型抜き孔を示唆していると主張するが、製品中に型抜き孔を設けることが合目的的であるとする何らかの記載が審判甲第2号証中に存在する場合はともかく、審判甲第2号証には、「弾性ばね5a,…は金型加工のしやすい形状で…」との記載があるのみで、かえって前記のように、金型加工には型抜き孔を必要としないものがある。

2  取消事由2について

一般に、軸受の軌道輪(外輪、内輪)は、接触部分の微小面積を介して外部から加えられる軸受荷重を支えるので、そこに生ずる高面圧に対して塑性変形を生じないだけの硬さが必要とされる。これに対し、保持器の材料には、なじみ作用と加工の容易さから考えて、硬さが軟らかい材料が用いられる。審決の判断2は、厳密な意味での「剛性」について述べたものではなく、一般的には「硬さ」として表されるものを剛性と表現したにすぎないものと理解すれば、何ら誤りではない。

軸受の軌道輪と保持枠とは、それぞれの機能に基づく異なる材料で構成されることが求められていることが一般常識であるから、審決の判断2に誤りはなく、審判甲第2号証が開示する軌道輪(内輪又は外輪)と一体成形された弾性ばねと、本件発明のように保持枠ないし保持溝と一体成形されたばねとを同一に論じるのは誤りである。

第5  当裁判所の判断

1  本件明細書の記載

甲第1号証(本件特許公報)によれば、本件発明についての明細書の記載は次のとおりであることが認められる。(別紙本件発明図面参照)

(産業上の利用分野〕

本発明は軸のある方向への回転では軸承作用をなし、軸の逆方向への回転ではこれをロックさせるクラッチ機能を有する一方向ベアリングに関するものである。

(従来の技術)

この種の物は例えば特開昭52-76546号に示されるように、転子の回転(軸回りの公転)方向に対し傾斜した面と、承け座を有しており、転子等が傾斜面へ当る回転方向の時にトルクを伝達し、承け座で支持される時に空転する構造を有するが、トルク伝達を確実にするため転子等を傾斜面方向へばねで押す方式が一般化されている(実公昭56-52416号等)。しかし、その結果、部品点数が増え、複雑化したため、組立ての工数が増加する。しかも大きさが小さく組立てに神経を使うため生産性を向上し難く、また自動化を行うのも技術面、経済面等からみて困難である。さらに多数の転子等とばねを組み合わせた場合、そのばらつきによって、一定の精度を維持するのが難しい問題も指摘される。

(技術的課題)

本件発明は前記の点にかんがみなされたもので、その課題は、組立て工数を大幅に低減するとともに、自動組立も可能とし、しかもばらつきがほとんどなく確実に作動するように、精度の揃った製品を量産可能にすることにある。

(技術的手段)

前記課題を解決するため、本件発明は、中心部に位置する軸通孔2に回転可能に挿通される、軸10に接して回転可能に転子7を所定位置に保持する保持溝4を有する保持枠部3を軸通孔2の周囲に複数箇所設けた第1部分1と、軸10の回転方向により前記転子7と係合、解放可能な傾斜面14を保持溝4の外側に配置するために、前記保持枠部3に嵌合させる第2部分16と、前記係合方向へ各転子7を押すばね8を備え、前記転子7は軸方向に配置され、軸10に一定範囲にわたって接触するローラ型を有し、転子7の保持溝4は、第1部分1の一側に開口し、他側に閉じた端面28を有しており、この保持溝4の周方向に隣接したばね設置用溝部9に、前記ばね8がその基端で一体に成形され、該ばね8の彎曲部11より先の部分は転子7と軸方向へ所定範囲で接触し、転子7を附勢するように軸方向に延びており、第1部分1の他側に、軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔13を設けるという手段を講じたものである。

(作用)

このような一方向ベアリングは、転子7とその保持溝4、転子7を係合、解放可能な状態に置く軸10と傾斜面14及び転子7を係合方向へ附勢するばね8を必要とするが、制御対象である軸10を除いた、転子7以外はすべて第1部分1と一体又は一体的に形成され、組立てが極めて簡単に行える。

転子7の保持溝4は一側で開口し、他側の端面28で閉じており、周方向に隣接したばね設置用溝部9にばね8が設けられているから、転子7は開口側から挿し込むだけで定位置に収められる。

ばね8は、転子7の保持溝4とともに第1部分1に一体成形されているから、設計段階で決定したとおりの位置に正確に転子7が配置される。

各ばね8は彎曲部11より先が、転子7と軸方向へ所定範囲で接触可能であり、転子7を附勢するため軸方向へ延びているので、転子7は安定に押さえられる。

このようなばね一体構造と転子7により、軸通孔2に嵌挿される軸10に対するクラッチ、ベアリング作用が、より一定化される。

(実施例)

<中略>

実施例のばね8は、その基部8′でばね設置用溝部9の軸方向の内壁面に一体化しており、該内壁面から軸方向外方へ延びる直線部と、第1部分1の前記一側にて内方へ彎曲した彎曲片11を有する略U字形ないし略J字形なので、自由端12が転子7であるローラ型の転子7に線状に接して弾性変形し、これを軸10及び傾斜面14方向へ押圧する。このばね8は第1部分1の成形と同時に型成形されるので、そのため、軸方向の他端(外側)に成形型が抜ける型抜き孔13が、ばね設置用溝部9の前記内壁に用意される。なお、ばね8の形状は図示の形に限らず扁平なS字形ないしZ字形も可能である。以上のように構成される第1部分1は硬質合成樹脂を用いて成形する。

<中略>

(効果)

本発明は以上のように構成されかつ作用するので、細かな多数のばね8を組み込む必要がなく、単に転子7を挿入するだけで済むため、一方向ベアリングの組立て工数を著しく低減することができ、生産の自動化が可能になる。保持構4と軸10と傾斜面14とばね8及び奥の端面28で囲まれた空所に転子7を挿し込むだけで組立てが極めて正確かつ簡単に行えるので、製造工程が著しく短縮され、製品品質を向上できる効果を奏する。第1部分1と一体化されたばね8の構造により、ばねを組み込む面倒な工程が不要になると同時に、ベアリング自体が設計どおりに仕上がり、組立て精度が飛躍的に高まるから、信頼性の優れた製品を供給することができる。

2  取消事由1についての判断

原告は、本件発明と審判甲第1号証に記載の発明との間の相違点についてした審決の判断1は誤りであると主張するので、以下検討する。

(1)  本件発明について

本件発明の特許請求の範囲の記載(本件発明の要旨)並びに本件明細書の発明の詳細な説明中の「技術的課題」、「作用」及び「効果」の記載によれば、本件発明は一方向ベアリングという物の発明であることが認められるが、特許請求の範囲には「ばね設置用溝部9に、前記ばね8がその基端で一体に成形され、」と成形される構造であることが特徴として記載されており、「作用」の項にも「ばね8は、転子の保持溝4とともに第1部分1に一体成形されているから、設計段階で決定した通りの位置に正確に転子7が配置される」(甲第2号証2頁左欄の(作用)の項第3段落)と記載されているから、本件発明は、「成形される構造」であることもその構成の一つとしているものというべきである。

そして、特許請求の範囲の記載中の「・・・転子7の保持溝4は、第1部分1の一側に開口し、他側には閉じた端面28を有しており、この保持溝4の周方向に隣接したばね設置用溝部9に、前記ばね8がその基端で一体に成形され、該ばね8の彎曲部11より先の部分は転子7と軸方向へ所定範囲で接触し、転子7を附勢するように軸方向にのびており、第1部分1の他側に、軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔13を有する」の記載によれば、上記「成形される構造」は、成形型が抜けることによって成形される構造であって、すべての構成部分が金型の軸方向への移動のみで成形が完了するように構成されているものと認められる。このことは、本件発明の第4図及び第5図(別紙本件発明図面参照)に示されるばね11の彎曲部や基端、第1部分1の保持枠部3、保持溝4、ばね設置用溝部9からも裏付けることができる。

これらによれば、本件発明の構造は雄雌二つの金型を使う方法を採用できる構造であることが容易に推認される。

したがって、審決が相違点の検討の判断1において「一体成形には、少なくとも分割スライド型を使う方法と雄雌二つの金型を使う方法の二種があり、この相違点で摘記した本件発明の構成であれば、仕上がり精度の高い雄雌二つの金型を使う方法を採用することができるものと認められ、」とした認定に誤りはないというべきである。

(2)  原告は、本件発明において「転子7に接するばね8が保持枠部3と一体に成形する」ためには、ばね8部分が金型の開閉方向に対して、ひっかかり、すなわち、アンダーカットとなると理解される旨主張する。

まず、本件発明では、すべての構成部分が金型の軸方向への移動のみで成形が完了するように構成されていることが明らかであり、雄雌二つの金型の軸方向開閉移動に対して、製品のひっかかりとなる部分、すなわち、アンダーカットは存在しないものと認めることができる。

ここで、甲第7号証によれば、【F】ほか「プラスチック成形加工入門」昭和54年日刊工業新聞社刊105頁「5・4・2 アンダカットを避けた製品設計」の項に、「製品にアンダカットとなる部分があると、(中略)強制抜きができる場合を除いては、アンダカットとなる部分を、別の部品(スライドコア)で構成して型の開閉のたびに移動させ、製品の取出しをさまたげないようにしなければならない。しかし、スライドコア構造の金型は、一般に複雑となり、また高価なものとなるだけでなく、成形中の故障のもとともなるので、できれば、アンダカットのないような製品設計が望ましい。」と記載されていることが認められ、これによれば、プラスチック成形加工においては、アンダーカットとなる部分をスライドコアで構成しなければならないが、スライドコア構造の金型を避けたいこと、そのためには、アンダーカットのないような製品設計が望ましいものであることが認められる。

しかしながら、前判示のとおり、本件発明は、雄雌二つの金型の軸方向開閉移動に対して、製品のひっかかりとなる部分、すなわち、アンダーカットが存在しない構造のものと認められるので、アンダーカットを成形するためのスライドコア構造の金型が採用されるとする根拠はないというべきである。

(3)  なお、甲第7号証によれば、前記「プラスチック成形加工入門」107頁「5・4・4 スライドコア構造」の項に、「多くの場合、スライドコア(サイドコア)は、そのしゅう動面(スライド面)を可動側の型面上に設ける。こうすれば、スライドコアは型開き行程と同時に作動して、アンダカット部を可動型から逃がすことができる。しかし、製品の構造によっては、図(B)のように、固定側にスライドコアを設けなければならないことがある。この場合には、型開きが始まる前に、まずスライドコアを後退させておかないと、製品が固定側に残り、その突出しが困難となる。したがって、この場合には、油圧シリンダ装置などを使用してスライドコアの出入のタイミングを、金型の開閉に関係なく、独立して操作できるようにすることが必要となる。」と記載されていることが認められるが、この記載と同書108頁の図5.41(別紙「プラスチック成形加工入門」の図面参照)及びスライドコアについてのその他の記載(109ないし110頁)によると、スライドコアは可動側金型又は固定側金型に設けられる部分構造と認められる。

しかしまず、本件発明においてスライドコア構造の金型が採用されると解すべき根拠がないことは前示のとおりであり、本件発明における「成形型が抜ける」の構成を、部分構造であるスライドコアが抜けることについてのものと認めることはできない。

また、同書の図5.41の(B)図は、製品のアンダーカットである横穴自体を形成するためにスライドコアを用いるものであり、そこにおける横穴は型抜き孔と認められるが、形成された横穴が内側の他のアンダーカット部分(例えば、同書109頁図5.44(別紙「プラスチック成形加工入門」の図面参照)に示される箱形製品の内側のボス)をもって、成形した後の型抜き孔と認めることはできず、(B)図の可動側(内側)の金型が抜けるためには製品の内壁面より内側に突出部が成形できないことは明らかであるから、(B)図のスライドコアと横穴によっては、「ばね設置用溝部に、彎曲部を有するばねがその基端で一体に成形される」構造のための「型抜き孔」がプラスチック成形加工において当然のものであるとすることもできない。

(4)  原告は、雄雌二つの金型を使う方法にあっても、本件発明のような成形品に、型抜き孔が出来ることは当然の結果であり、型抜き孔の存在が何ら特徴といえるものではないと主張する。

しかし、甲第4号証によれば、審判甲第1号証に「外筒体1に嵌合部材2を嵌め込む云わば雌雄嵌合構造にし、その内部にローラ9やばね11を内蔵させる切欠10を備えた多角形枠部7、」(3欄20ないし23行)と記載されていることが認められ、この記載と審判甲第1号証(甲第4号証)の第3ないし第5図(別紙審判甲第1号証図面参照)を合わせみると、審判甲第1号証に記載された一方向ベアリングにおいて、細く小さなローラ押さえばね11を他の部材と一体に成形しようとすれば、ばね11は切欠の内側面または内底面とつながるほかなく、いずれの場合も細く小さなばね11が切欠の内面から出っぱるもので、成形の困難な構造となるものであることが明らかである。

このような他の公知技術と対比すれば、本件発明が「ばね設置用保持溝9に、ばね8がその基端で一体に成形され、・・・軸方向にのびており、」との構成及び「軸方向に沿ったばね8の成形型が抜ける型抜き孔」との構成を含めて、雄雌二つの金型による成形可能な構造としたことをもって、原告主張のように本件発明の特徴となるものでないとすることはできない。

(5)  原告は、審判甲第2号証に記載の「金型加工しやすい形状」とは、アンダーカットにならない形状を意味するもので、そのためには金型としては型抜き孔を伴う金型をも含むのは当然で、当業者であれば「示唆」するものと受け取めることができるとし、「成形型が抜ける型抜き孔」の技術は、プラスチック成形加工の技術として当業者が知悉している慣用技術である裏付けとして、甲第7ないし第10号証を提出する。

この主張中の「アンダーカットにならない形状を成形するための型抜き孔を伴う金型」とは、スライドコア構造の金型を意味しているものと解されるが、本件発明において、アンダーカットを成形するためのスライドコア構造の金型が採用されるとする根拠がないことは、前判示のとおりであり、原告の主張は前提を欠き、理由がない。

(6)  以上のとおりであり、本件発明と審判甲第1号証に記載の発明との間の相違点についてした審決の判断1に誤りがあるとする原告の取消事由1は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

3  取消事由2

原告は、剛性の高低についてした審決の認定は誤りであるから、本件発明と審判甲第1号証に記載の発明との間の相違点についてした審決の判断2は誤りであると主張する。

そこで検討するに、乙第1号証によれば、「ベアリングのお話し」((財)日本規格協会発行)に、

「軸受の軌道輪と転動体とは、それらの接触部分の微小面積を介して外部から加えられる軸受荷重が支えられるので、そこに生ずる高面圧に対して塑性変形を生じないだけの硬さが必要です。転がり運動によってこの高面圧が繰り返し応力となるので、これに耐える疲れ強さが高いことを要し一般には硬さが高いほど疲れ強さも高く耐摩耗性があるといえます。」(53頁本文1~6行)、

「保持器のポケットと転動体とは、およそdmn値(中略)に比例する滑り速度の摩擦が生ずるので、焼付きに至らない耐摩耗性のよい材料であることが必要です。また、なじみ作用と加工の容易さから考えて、保持器の材料には硬さが軟らかい材料が用いられます。」(56頁「3.2 保持器の材料」の項1~4行)

と記載されていることが認められる。これによれば、一般に、軸受の軌道輪(外輪、内輪)と保持器の物性とは異なり、前者には比較的硬い材料が、後者には比較的軟らかい材料が用いられることが認められる。

そして、甲第5号証によれば、審判甲第2号証には、

「尚、弾性ばね5a,5b,5c,5a′,5b′,5c′は金型加工のしやすい形状で、かつばね効果のある形状であればよく、又成形材料もばね性のある樹脂材料が望ましい。」(3欄27~30行)、

「これら内外輪のいずれか一方に所定角度毎に左右対称な弾性ばねとこれら弾性ばねの所定角度間隔毎に上記内外輪問の隙間が上記それぞれの弾性ばねから遠ざかるにしたがって順次狭くなるようにするための左右対称な斜辺とを形成し、」(特許請求の範囲)、

「上記円筒コロを挿入するための隙間は上記外輪間にあって所定角度間隔毎に左右対称に構成され、かつ上記円筒コロを押すための弾性ばねは上記内外輪間にあって所定角度毎に左右対称に構成されているため、」(4欄12~14行)

との記載があることが認められ、これと審判甲第2号証の第1~4図(別紙審判甲第2号証図面参照)によれば、審判甲第2号証に記載された弾性ばねは、外輪の内周面から内側に向かって細い部分で立ち上がって外輪と一体化されるとともに左右に延びる部分を有し、外輪内周面と間に間隙を形成していることが認められ、弾性ばねであるために(円筒コロが接触している)溝底面とはつながっていないものと認めることができる。

このように、審判甲第2号証に記載の弾性ばねの基端は外輪と一体に成形されていると認められるが、これに対し、本件発明の特許請求の範囲によれば、ばねの基端が保持溝と一体に成形されているものと解されるから、両者のばねの構造は異なるものである。審決の認定は、「内輪や外輪」と「保持枠の保持溝」との構造の相違に加えて、一般に、軸受の外輪には比較的硬い材料が、保持器には比較的軟らかい材料が用いられるということを前提にして、両者のばねの物性の相違についても「比較的剛性の高い、低い」という相対的高低によって表現しているものと解されるのであり、「剛性」という用語に正確さに欠ける点があるにしても、「比較的剛性の高い」ものか「比較的剛性の低い」ものかという相対的な比較をしたものと理解することができ、そのように両者を対比した点をもって、審決に誤りがあるとすることはできない。

したがって、この誤りがあることを前提とする審決取消事由2も理由がない。

第6  結論

以上のとおりであり、原告主張の審決取消事由は理由がないので、主文のとおり判決する。

(平成11年11月2日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

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